複雑性PTSD

【26年間は生き地獄】私がC-PTSDになった理由

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ここでは、運営者KYOのより詳細なプロフィールをご紹介します。

読者のためというより、自分の過去の整理の要素が大きいので、ご了承ください。

 

追記

その後、「病気のアイデンティティ」を手放して克服できたと思える状態になりました。

克服法については、こちらを参考にしてください。

過去に病んでいたり、こういったトラウマ発散の記事が必要であっても、数ヶ月で「克服できた」と思える程度まで回復できること、その証拠として、この記事を置いておきます。

(その後もたまに不安定になる時もありますが、精神疾患レベルではないです。誰かを攻撃したり自分を攻撃したりするのではなければ、たまの不安定は認める必要があるのだと思います)

 

立ち上げの経緯


異常な家庭で育ち、精神的虐待を受けて育ったため、アダルトチルドレンだと思っていた

親元を離れてからアダルトチルドレンの克服を行なっていて、2016年に初めて無条件に自分を肯定してくれる人と出会い、自尊心が回復してきたので、2018年に15年弱飲んでいたSSRIをやめた

SSRIをやめると、飲み始める前と同じ対人恐怖や感覚過敏が出てきて、周りに迎合して自分を偽っていた頃には見えなかった、ASD症状が気になるようになった。

ずっとありのままの自分を否定していて、自尊心が回復してありのままの自分を出せるようになったら、それは一般的な人とは違うことに気付いた。

ASDに当てはまると思い、2018年10月に「WAIS-Ⅲ」を受けたら、発達障害特有の凸凹が激しい状態だった。

自己理解と症状改善のための試行錯誤の過程で、先天的なASD傾向+後天的な複雑性PTSDやパーソナリティ障害があったとわかった。

2019年4月、発達障害の診断を受けた

現在、得意で好きなことを活かすために、ブログを作成している。


ブログで伝えたいこと

検査を受ける前の2018年夏頃から、脳の偏りを自覚して、発達障害の対処・対策・改善法を学んで、実践し、日常生活のストレスが減ってきた

脳へのアプローチで症状の軽減が出来ることがわかったので、発達障害やパーソナリティ障害の脳を変化させて、今より楽に生きる方法、そのノウハウを共有するために、サイトを立ち上げた。

過去の私と同じように苦しんでいる人も、自分の考え方と努力次第ではもっと楽になれるよ、ということを伝えることが、目的です。


過去の整理

以下、脈絡のない、過去の記憶を書く。

読者ためというより自分のためなので、興味のある方だけ、読んでくれたら、と思う。(書いて発散して、忘れるための記録)

 

 

私の母はアスペルガー積極奇異型であり、自己愛性パーソナリティ障害の無自覚型だ。

アスペルガーに特徴的だが、思考が極端だ。

母も、「自分が母に過干渉に接してこられたから子供には関わらない」と言って子供を放置していたり、「子供が自分と違う価値観なことが許せない。ポジティブが正しいからポジティブになるべき」という価値観の押し付け、過干渉であったり、極端であった。

健全な子育てに必要な、肯定して見守るという要素はゼロ、無関心・放置か、過干渉かの極端な態度であり、精神的虐待である。

そんな母が過干渉モードな時期に、殺されそうになった。

包丁を持ち出してきて、追いかけ回してきたのである。

複雑性PTSD(境界性パーソナリティ障害)の原因として「虐待や命の危険を感じる出来事」が挙げられているが、精神的虐待を受けながら命の危険を感じる出来事を経験した私は、見事に発症した。

私の過去、複雑性PTSDを発症するまでの記憶

子供の頃(~小学生)

とにかく音に敏感で怖がりだった。

色々な音がうるさい、それを理解しない親に腹が立った。

母はアスペルガー特有の自分の感覚でしか物事を見えない人間だから。自分がうるさくないなら、子供がうるさいと言っていても大したことないはず、と。

父は自己否定的で自分が虐待のせいで感覚過敏なところがあり(常に交感神経優位だったからだと思う。音や光に敏感で高血圧)、その過敏さを持つ子供に自分を投影して、私の敏感さを否定してきていた。

自分に似ていないから、自分みたくなれという母(外向アスペルガーで内向アスペルガーの私を否定)と、自分に似ているから自分を投影して攻撃してくる父と(内向で過敏さがあり、私も内向で先天的な過敏さがあり)

両方ともクソな親だと思う。特に父。父のことは一生嫌いだし、早く死んで欲しいと常に思っている。そういう執着もストレスになるから、存在を忘れるように意識しているが、父には恐怖と憎しみしかない。

 

 

子供の頃の記憶は怖かったことの思い出がほとんど。

元々の脆弱性、トラウマになりやすい脳(恐らく海馬の発達遅延が原因)+狂った両親のもとで育ち、トラウマだらけの子供になった。

小学生の頃には、強迫性パーソナリティ障害のような症状が出てきていた。

セロトニンやGABA不足が原因だと思う。

特定の数字を避ける、寝る前に1日のことを振り返る「儀式」をしないと眠れない、死への恐怖が強すぎる、など。

常にお気に入りの毛布を持っていないと落ち着かない、爪を噛まないと落ち着かない、などの症状が出ていた。

親がまともなら、こういった症状が出ている時点で、精神的にヤバいぞ、と気付くんだろうな…。

父はパーソナリティ障害だし、母はアスペルガー+パーソナリティ障害だし。

親が狂っていると、子供に問題があっても、見逃される。

 

 

ストレスから、強迫的な自慰依存になっていた。

オーガズムで放出されるエンドルフィンが安定のために必要だったんだと思う。

出先でも自慰をしていた。

実家がゴミ屋敷で、物が多過ぎてストレスだった。

母は想像力がないので、18禁の同人誌(BL)を子供の目のつくところに置いていた。そのため、初めて読んだエロが男同士という異常な環境だった。

その後、中学生にして少年同士のエロが描かれた本を収集するという異常な道を歩む。

父親への恐怖心から、ファザコン兼ショタコンだった。

妹は今でもファザコン。年上の芸能人に憧れたり、父にベタベタしたり。

狂った環境に育ちながら、狂った親に可愛がられて親を憎めない妹のような人は可哀想だと思う。(父は妹は可愛がっていた。過敏さがなく自分に似ていて外向内向が反対だったから)

アイドルを扱った二次創作(BL・18禁)にもハマり、自作のBL小説を家庭教師に見せたりしていた。

 

 

小学校4年生で不登校になる。理由は覚えていない。

田舎の学校で、変わっている人間は目立ったからかもしれない。

5年生から都会の学校に転校して2年間は楽しく過ごしたが、中学生からまた不登校だった。

共働きのため、近くの小学校に学童保育ができるまで、放課後は習い事スクールのようなところで過ごした。絵心がなさ過ぎて、絵の時間が嫌いだった。スクールバスの運転手の小指が無かった。その運転手に宮崎勤の話をされて怖かった。

友達の家で、禁止されていたたまごっちを見かけて触ったら、怒られた。

たまごっち、ディズニー、セーラームーン、色々な物が禁止されていた。

そうやって禁止されているのに、BLのエロ同人誌は置いてあるの、異常だと思う。

本人がアスペルガーと自覚している・いないの違いはあれ、親がアスペルガーで抑圧的な環境で育った人の話を見聞きすると、そういうエピソードが多い。

厳しいのに、変なところでユルイという共通点。親が暴力ゲームを目につくところでしていたり、目につくところにエロ同人誌があったり。

 

 

気になる男子の持ち物を壊してみたり、羨ましい子の持ち物を盗んでみたり、わざとおねしょをしてみたり。

親の気をひくために問題行動を起こしていた。

学童保育が出来てからは、年下の子を引き連れて遊んでいた。

ボス面をするのが気持ちよかった。

年下の子を引き連れて遊ぶ、隣の家の年下の男の子と遊ぶ低学年の頃。不登校になる前後は一人で一輪車をしたり、一人でおたまじゃくしを取りに行ったり。虐待でストレスが溜まってきてからは、一人でサッカーボールを蹴っていた。

アスペルガーあるあるで、一人が好きだった。(母も、無自覚アスペルガーで虐められていたので、子供の頃は一人で遊んでいたらしい。アニメなどのオタク趣味)

 

 

高学年になり、自我が芽生えてきて、父からの虐待のせいで内向的になっていた。ゲームばかりして、あまり外には出ないようになった。

ゲームやホラー小説で現実逃避をしていた。あとは、アイドル依存。

私が現実逃避で楽しそうにしていても父が怒るので、嫌だった。楽しそうにすることに罪悪感が生まれた。

学校では男の子とよく喧嘩をしていた。

機能不全家族育ちでADHDっぽさや過覚醒っぽさがある子と親友だった。

(当時の私がISTPでその子はESFP、SとPが同じで他が反対という、惹かれるけど理解し合うのは難しいパターン)

 

 

矯正の装置をしていて、食事の時のつけ外しが嫌だった。

ヤブ医者で一般的な年数をかけても一向に変化がないのに、何も言わず、「遠い」と文句を言いながら医者を変えようとしない、父が嫌いだった。

父の母が費用を出していたから、自分の母への(無意識の)復讐で、お金を無駄遣いしていたのかも、と思う。

矯正の病院に一度もついてこない、子育てを放棄している母も嫌いだった。

父は自分に都合が悪くなると、私の歯並びをからかって私を黙らせるので、見た目にコンプレックスが生まれた。

笑うことが怖くなった。アスペルガーでもともと笑わないとされているのに、父からの抑圧で、更に笑わなくなった。少し前まで、自分に笑うことや楽しむことを禁止していたと気付いた。

 

 

子育てを放棄した母と一人で子育てをするストレスを子供に八つ当たりする父という、良くある昭和~平成の機能不全家族の男女逆転版という感じだった。

父からの暴言虐待の影響で、自己否定が当たり前の子供になった。

母→父→私と八つ当たりの連鎖があり、私は妹に八つ当たりしていた。

同じく機能不全家族でストレスが多そうな男の子と一緒に妹をいじめていた。

妹は今でも、私を見たら殴られるかも、と身構えるらしい。(妹とは現在関わっていないし、今後関わる予定もない)

 

 

中学生

中学生になって、また不登校になった。精神的ストレスで、「慢性疲労症候群」のようになっていた。

朝、起きられない。起きられないから、学校に行けなかった。

中学生の頃は母との対立が酷かった記憶しかない。

親の虐待のせいで自己否定的になっているのに、アスペルガーやパーソナリティ障害特有の表面しか見ない部分と「自分に良いことは相手にも良いはず」という視野の狭さで、「もっとポジティブになれ」と押し付けられた。

そもそも母のポジティブさも、偽物である。自己愛性パーソナリティ障害特有の、少しの否定でキレる、「自信満々の振る舞い+脆い自尊心」という偽物のポジティブさを持った人間が、自分と同じようになれ、と、自他境界の無さから干渉してきていた。

自分の母に過干渉にされたから、を言い訳にして子育てを放棄していたくせに、自分と違う振る舞いを見せると、過干渉な振る舞いを見せてくる母、こっちも相当に狂っている。

パーソナリティ障害の人間は相手の都合はおかまいなしなので、こっちが嫌がっても、拒否しても、2,3時間一方的に自説を述べていた。

 

 

父も狂っているが、母も狂っている。

狂った母が子育てを放棄して、元から狂っている父がストレスで更におかしくなり、私に八つ当たりしてくる、そのストレスを私は妹に八つ当たりする、という、狂った家庭。

私は二項対立で考えがちなので、子供の頃は父は良くて母は悪者な時期と、母は良くて父は悪者な時期とが、交互にやってきていた。大人になって、両方狂っているのだとわかった。

私のPTSDの原因となったであろう事件、母に殺されそうになった事件が起きた。

何がきっかけかは覚えていないが、母が包丁を持ち出してきて、私を刺そうと追いかけ回してきた。

私はトイレに逃げ込み、無傷で済んだが、母はトイレのドアに包丁を突き立てていた。

昔はこの記憶を人に話すことすらできなかった、トラウマが強すぎて。

今は、人に話したり、書いたりすることができるレベルまで、回復しつつある。

それでも、思い出すと、動悸がして気分が悪くなる。脳が恐怖を記憶しているんだと思う。今後、トラウマ発散で変わっていくかもしれないが。(追記。セルフEMDRなどで、以前よりは動悸などの身体反応はマシになった)

母も許し難いが、止めに入らなかった父も許し難い。

私の男性不信や見捨てられ不安の強さは、ここに起因していると思う。

(追記。男性不信は今でもあるが、見捨てられ不安は自己コントロール感を取り戻すことで克服できた。自分のことは全て自分で解決できるという感覚があると、他者への依存心がなくなり、見捨てられ不安もなくなった)

父親関連のトラウマ

対する父は父で、ひどい毒親だった。

父もパーソナリティ障害で自己愛性過敏型なのだが、外では良い人間を演じて裏ではモラハラをするという、精神的虐待をする親によくありそうなパターンだった。(一般的には女性に多いパターンだと思う)

父へのトラウマから、裏がありそうな人間に敏感だし、パーソナリティ障害の人間に敏感だ。

どんなに優しい人間でも、裏で悪口を言っているかもしれない、とか、裏では家族にモラハラをしているかもしれない、と思って、怖くなる。

アスペルガーの人は言葉を真に受けてしまうので、私の父のように否定的な言葉を浴びせてくる人間からは離れた方がいい。

 

父に言われて嫌だったこと

以下は私が毎日のように、父に言われて、自尊心を無くしていった言葉の一部である。

父の暴言に対してPTSDがあるので、文字で見かけても暴言がフラッシュバックしてきて、頭痛と動悸がする。

反論も書いていこうと思う。

 

ばかむすめ

→子供にバカとか言う時点で終わっている

 

お前もあんな母親みたいになる

→なんの根拠もなく、呪いをかけられた。マザコン、ミソジニーで「母親」への怒りが強く、「母親」という言葉を言う時は自分の母への投影もあったと思う。自分の母への怒りを妻や娘に投影してくる、マザコン・ミソジニー野郎。私のマザコン男嫌いは、ここから来ている。(投影から攻撃すると父と同じ人間になるので、投影で怒りが湧いても攻撃するのはやめた)

 

子育てに失敗した

→成功や失敗の定義ってなんなんだ、と問いたい。

自分で勝手に理想を作って、勝手に落ち込んで、その怒りを八つ当たりしてくるな、と

 

結婚するんじゃなかった

→だったら別れればいい。外面を気にする人で、世間体を気にして結婚したぐらいだから、いくら夫婦関係が悪くても離婚しない。

共依存体質で、問題のある人間(母)の面倒を見ることで自分の存在価値を見出しているから、別れられないんだろうけど。

仕事にしろパートナーにしろ、嫌なら離れるしかないのに、我慢して過ごして八つ当たりしてくる、最悪だと思う

 

〇〇してやってる

→被害者意識や承認欲求が強いからだろうが、いつも、〇〇してやっていると恩を着せてくる

親としての義務まで、恩を着せられるのは迷惑である。

してやっている、させられているという被害者意識の強さが痛い

 

文句言うなら自分でしろ

→意見は受け付けない、否定は受け付けないという、自尊心の脆さ

全肯定しか受け入れられないというのは、可哀想である。

意見と自分への否定は別という冷静な思考が必要。

 

父に言いたいこと

・ずっと自分の見た目を気にしてて、私にも見た目のコンプレックスを植え付けてきて、痛い

見た目とか本質じゃないし。

 

・自分が嫌いだからって、自分に似た過敏さを持つ子供に自分を投影して攻撃して、最悪だと思う。

自分に似てるから嫌い、似てないから好きって、狭い世界で生きてるな、と思う。

自分が嫌いなら子供は持つべきではない。

世間体とか気にせず、結婚も子供もやめておけばよかったのに、と、思う。

 

・母が無自覚アスペルガーでカサンドラになるのは仕方ないのかもしれないけど、それを八つ当たりしてくるのは最悪。

嫌なら別れるしかない。

別れずに文句言って、今では仲良くしてて、ずっと共依存的な関係で、気持ち悪いです。

 

 

母に言いたいこと

・お風呂に閉じ込めたり、大事にしてるものを捨てたり、ゲーム機を壊したり、殺そうとしたり。衝動的に行動するの、病気だと思う。

 

・四文字熟語が好きで、四字熟語で色々言ってくる人だけど、なんでも「自業自得」と言われたのが腹立つ。

大変だったね、とか、よく頑張ったね、とか感情的なケアはなし。

なんでも、自業自得とかって私が悪いと思い込ませてきたことに、腹が立つ。

 

・アスペルガーゆえの、矛盾の指摘にイラつく。「前と言ってることが違う」って、人間なんだから意見は変わる。

発言の矛盾とか細部より、相手の価値観を見るという広い視野が必要だと思う。

 

・父に家事と育児を押し付けて、カサンドラにさせてたことは許せない。

「私は仕事してるからいいもん」みたいに言ってたけど、父だって仕事してるだろ…相手の感情は無視して、自分に都合の良いロジックを作って自分を正当化するの、最悪だと思う。

 

・ずっと、自分はいかに頭が良いかというアピールをしてたけど、実際にはIQが低いアスペルガーだし。

頭が良くないのに良いと思わせてたこと、許せない。

 

・自分と他者は違うという、自他境界がないから、自分の好きなものを押し付けてきたり、自分の価値観を押し付けてきたり。

自分の延長線上ではなく、個人として向き合って欲しかった。

 

 

終わりに

父のことは死んだことにして生きる。早く死んで欲しいとしか思わない。

母は、同じアスペルガーとして全否定はできないけど、視野の狭さにモヤモヤすることが多い。

自覚して、私のことも理解してたら、もっと楽だったのに。

妹は、ずっと家に縛られて可哀想だと思う。(定型同士、父と仲が良い)

 

私に似て、アスペルガー無自覚の親や、その親によってカサンドラになっている親のもとで暮らしているような人は、離れて悪影響を減らした方がいいと思う。

 

手紙

ASDってわかりますか。

右脳機能不全により左脳に偏りすぎて自閉傾向があったりする人たち、なんですが。

母が無自覚のASDで父がパーソナリティ障害で、無自覚ASDの母にカサンドラにされた父が虐待してきたので、父も母も許さない。

一生嫌い、憎い、早く死ねとしか思わない。

 

頭が良いのに「バカ娘」と言われて育ったり、「お前たちもあんな母親みたいになる」と理不尽な洗脳をかけてきた。

見た目をからかったり、何か意見すると「だったら自分でしろ」と言われたり。

お風呂場に閉じ込められたり、大事にしてる物を捨てると脅迫されたり、母に殺されそうになったり。

 

元から、恐怖心が強くトラウマが残りやすい脳なのに、狂った環境で育って、トラウマだらけで辛かった。

 

そういう否定的な洗脳を浴びて、言葉を鵜呑みにしやすい脳だから全て鵜呑みにしてて、二次障害でパーソナリティ障害みたいになってた。

見捨てられ不安や性依存が激しくて、男性依存と対象に裏切られたと思った時の攻撃が激しかった。

病んだ人と関わって少し仲良くなって攻撃して終わる、っていうパターンがあった。

 

ずっと父への復讐のためだけに生きてた。

許さない、憎い、殺したい

その気持ちの反対は

認めて欲しい、愛して欲しい

 

去年の秋に会った時、虐待の事実を認めない父と、今でも規範に縛られてたり、私に否定的な評価をする態度を見て、一生会わないと決めた

加害者は忘れるし、大したことないと思いたいけど、被害者は忘れられないし、深く傷つく

私も加害者になったことがある

妹に対してや、父を投影した男性に対して

 

そういう、被害→加害の連鎖をやめたいから、父を捨てて、過去を忘れる

 

父みたいに、自分を愛せてなくて常に自分を攻撃してる人は、親になったらダメ。

母みたいに、無自覚ASDで、他者の気持ちを無視して自分のやりたいことしかやらない人は、親になってはダメ。

父も母も親にならない方が良い人間だった。

そんな親に育てられて、先天+後天の生きづらさが強かった。

 

でも、後天的な生きづらさに自分で対処して、二次障害を克服して、根っこのASDに気付ける頭の良さと真面目さがあるから、色々なことを乗り越えていける、大丈夫。

 

誰かに認められたり、愛されたり、経済的に安定してストレスが減れば、親への怒りも減るのかもしれない。

今より自分を認められる状況になれば、楽になるのかもしれない。

 

親への怒りはあっていい、無理に手放そうとしなくてもいい。

あってもいいけど、そこばかり見なくていい。

楽しいことや未来を見て生きていけばいい。



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