発達障害の考察

発達障害を「病気」や「障害」にするのは社会の側【多くても問題視されない国もある】

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発達障害の人間が、神経発達に問題があるのは事実だが、それを問題視する環境ではなければ、病気にはならない

そういったことを書く。

 

問題視される国、されない国

海外ではASD(自閉症やアスペルガーの総称)が多い国でも、問題視されていない国もある。北欧など。

(北欧に多いという件はこちらの記事を参考に)

 

日本のように

・言語化しなくても雰囲気で理解しろという国

・長年、単一民族国家としてやってきて、日本人として共有する「前提」があるという共同幻想

・理不尽や非合理も、なぁなぁ・馴れ合いで誤魔化す社会

とかにASDが合わず、周りと浮いて、病気扱いされるだけ

 

 

・全て言語化する

・移民が当たり前なので異文化が当たり前、他者と共有する「前提」はないというのが社会的コンセンサス

・建前として理不尽な差別や不平等は許さず(人種差別にも繋がるから)、非合理を減らそうとしている社会

とかだと、ASDの特徴の右脳機能不全があっても、問題視されないと思う

 

実際に、北欧とかには多いのに問題視されてない(診断率が低い)

 

なので、日本においては、

絶対数の多さ(目立つ人間も多い)+文化的に問題視されやすいから病気扱いされているだけで、

生まれる環境・生きていく環境が違えば、同じ脳でも、問題視されずに生きていける。

日本には絶対数が多いのだから、問題視するのをやめた方が良いと思う。

 

どういう変化があれば、ASDが問題視されなくなるか。

全て言語化するのが当たり前の国になる

・正解の脳や正解の生き方はなく、どんな脳やどんな生き方も認められる寛容な社会になる

とかになったら、ASDも特に問題視されなくなる。

 

今は正解が1つで(若い世代では変わってきていると思うが)少しでも基準からズレると変人扱いされたりするので、マイノリティが生きづらい。

発達障害も、同性愛者も、女性も。

 

社会や他者からどう見られようと関係ない、という人が増えれば、変人扱いなんて気にしないという人が増えるが、現実には、他者の目を気にして、不自由な価値観に縛られている人も多い。

 

自分が、内面化している不自由な価値観を捨てれば良いだけなので、自分で「他者の目」や「社会の価値観」はどうでもいい、と気付いて、捨ててしまえば、楽になる。

 

そもそも、正解の脳はない

物理的に神経発達に問題があり、神経発達障害と定義できるのはわかるが、左脳に偏った人や右脳に偏った人がいたから、過去の発明や芸術があった

(むしろ、過去の偉人には、定型発達よりも発達障害の人間の方が多いと思う

常識や周りに流されず、研究や思考をできるゆえ、科学やテクノロジーを発展させてきた。芸術を生み出してきた)

 

なので、主観で問題を感じなければ、病気と思わなくて良いと思う。

(私の母のように、本人は主観で楽しく生きているが、周りはカサンドラになって迷惑という場合もある。

そういう人からは離れるしかない。本人に、病気だから治せというのは、価値観の押し付けで違うと思う。

あくまで、どう対処するかは、本人が決めることだと思う)

 

今の日本で、発達障害が過剰に問題視されるのは、受け入れられない社会の側の責任をマイノリティの問題にして、マジョリティが変わろうとしていないのと、ビジネス目的で使われている部分があるから、だと思う。

 

概念が広まることで、過去の私のように無自覚で病んでいた人が救われるのは良いことだが、問題を感じていない人まで、周りから病気扱いされるようになったら、嫌だな、と思う。

 

実際に神経発達に問題があり、人によってはかなりの生きづらさを感じている、でも、主観で問題を感じておらず病気とは思っていない人もいる、そういった、複雑な概念として理解されてほしいなぁと思う。難しいだろうが

 

寛容な人が増えれば、生きやすい社会になる

正解が1つというのも左脳優位が多いせいで生まれた価値観なのかもしれないが、左脳的なストライクゾーンの狭さをやめて、どんな生き方も自由、どんな人間も自由、と、寛容な人が増えれば、良いと思う。

(左脳に偏った発達障害の人間が認められるために、左脳優位をやめるべきというのは、ジレンマだが。)

 

私も昔は、他者に非寛容だったが、今は、自分にも他者にも寛容であることを意識している。

他者に優しくなれば、自分にも優しくなれて、楽になる。

 

教育とか社会システムとか価値観とか、変えないと滅びる

左脳優位が多いのは、左脳教育の影響もあるかもしれない。

答えを覚えるだけの教育システムでの勝者(左脳優位)社会的に権力を持つ左脳優位の価値観を流布する、再生産する(メディア、政治家、官公庁など)

という流れはあるかもしれない。

 

そんな風に、今の日本みたく、無自覚の左脳優位が増えすぎたら(社会的権力を持っていたら)

非寛容社会+思考停止社会+立場や肩書きといった外側しか見ない社会が維持されて、滅びるしかないのかなぁと思ったりもする。

 

国を変えるには教育しかないけど、教育を受ける子供の数が減ってきているので、少子高齢化では、改革は難しいのかも。

私は日本がどうなろうと知ったことではないが、色々と特殊なケースで、不思議な国だったなぁ、と思う。

(滅んでしまった前提で書いてしまった…)

 

社会をよりよくしたい人へ

社会を諦めずに、よりよくしたい人は、そういった、抜本的な改革を考えた方が良いと思う。

システムや価値観を疑わず、現状に合わないシステムや価値観を維持するために自らの心身を削って働いている人が多くて、怖いなぁ、と思う。

 

個人としては良い人でも、集団としては狂っているというのが、私の日本人に対する感想。(そうではない人も、少数はいるが)

大企業とか、官公庁とか、狂った組織に適応して、病んでいる人が多くて、可哀想だと思う。

奴隷的に搾取される組織で働く人間ほど、思考停止しているからなのかもしれない。

 

余談だが、「大企業なのに過労死がある」ではなく、大企業だから過労死がある。

有名大を出たのにニート、ではなく、有名大を出れば安泰と思考停止しているから、ニートになる、である。

(思考停止をやめて、社会の価値観を捨てれば、どんな生き方も見つかる。自分がニートをやめたければ、いつでもやめられる)

 

現在のシステムや価値観が最善というわけではない、むしろ、それを維持していたら国と社会はどんどん悪くなるということに気付く人が増えれば、世の中はマシになるのだと思う。

思考停止をやめる人が増えれば、世の中は変わる

 

このブログにたどり着いたからには、思考停止をやめて、常識を疑うようになってくれたら、嬉しいなぁと思う。

現在の価値観に合わせている方が儲かるから、不健全な価値観を再生産する情報に溢れているが、

カネや見た目や立場や肩書きしか見ない社会で、

全国民の半数は生活に不満がある社会

若者の死因一位が自殺という他の先進国ではあり得ない現象がある社会

そんな社会に適応するのが、本当に幸せなのか?と、気付く人が増えれば、嬉しい。

 

(私自身は、社会を諦めて、病んだ社会を離れつつ、思考停止や奴隷的な生き方は不幸だ、と、気付く人が増えれば良いなぁ…と思って、諦めつつも少しは希望を持って、発信し続ける)



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