ポエム

今、絶望の中にいる人へ。どれだけ最悪でも、未来は自分で選べる。自分で自由になる選択をすれば、現状は変わる。だから、諦めないでください

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久しぶりに長時間外に出て、日本社会にじっくり触れて、病んで、

でも、最終的には前向きになったので、ネガティヴ要素あり、ポエム要素あり、の記事。

 

ASD的な、連想でダラダラ書く文章が好きな人は、どうぞ。

 

私の場合は、日本に触れない方が、穏やかに生きられる

地元とか日本とか、嫌な思い出がある場所を離れた方が良いのかな、と思った。

見る場所を選べば、精神的に安定していられる。

(引きこもって、日本の文化と無縁に生きていたら、精神的に穏やか)

 

日本に多い病んだ人に触れたり、病んだ日本の文化に触れると、過去の病んだ記憶が蘇ってきて、病む。

最近は前より強くなってきたけど、

右脳機能不全ゆえの自他境界の弱さ+連想の強さで、不健全なものの影響を受けやすい。

 

今は、すぐに海外で暮らすのが現実的ではないから、引きこもってた方が良いのかも。

将来的にはお試しで海外で暮らして、合いそうなら、海外で生活したい。

日本には合わないけど、病んだ人が少ない環境なら元気、って場合はあると思うので。

(なので、行動力があって、エネルギーもあって、日本社会で搾取されて病んでる人は、自殺するぐらいなら海外逃亡したら良いと思う)

 

右脳機能不全で自他境界が弱い発達障害の人(ASDADHDなど)は、病んだ人が多い環境は合わないんだと思う。

脳を変えて、社会に適応しやすい状態を作っても、その社会が適応すると病む環境なら、どうしたら良いんだろうね、と。

社会とは距離を置いて、脳と体調を更に安定させて、将来的には、海外で暮らすのが一番良いんだろうなぁと思いつつ。

(もしくは、ずっと引きこもるか、日本でも似た人が集まる環境を選ぶか)

 

デートで、過去を思い出す

病んでた頃に行ったことがある場所に行くのは、自分にとっては、悪影響しかないのかも、と。

竹林を見て、京都を思い出したり、紅葉を見て寒霞渓を思い出したり、連想が強い。

ASDの人は、共感できると思うけど、何かを見ると、何かを思い出す。

 

私のように、過去に病んでた時期が長い人だと、連想で思い出す過去が嫌な思い出の場合も多く、辛い場合も多いと思う。

過去に苦しめられやすいのが、ASDの辛さ

 

ASDの人は、よく、昔のことを思い出して怒ったり悲しんだりしてるけど、そういう脳だから、仕方ないんだと思う。

(無自覚ASDの私の母も、よく、自分の母との確執を思い出して愚痴っていた。)

 

私の場合、子供の頃に来たことがある場所だと、子供の頃のことを思い出したりして、疲れる。

(前はそれで不安定になってた。

今は不安定にはならないけど、悲しくなったりはするかも)

 

今住んでいる場所は田舎なので、遊びで行く場所がない。

イオンか、映画か、カラオケか、ボーリングか、公園や海岸か、ホテルか

それぐらいで、モノや消費に興味がないカップルだと、公園か部屋ぐらいしか、行く場所がない。

 

さすがに飽きたので、久しぶりにカラオケに行ってみたが、カラオケも色々と嫌な記憶があるので、疲れた。

カラオケに行くと、大学生の頃にセフレ(小学校教師)とカラオケでセックスしたこと、最初に付き合った男(私の処女を買った男)にカラオケでラブソングをねちっこく歌われたことを思い出したりする。

 

今、目の前にいる人は別の人なのに、過去の嫌な思い出が蘇ってきて、相手にも失礼だと思ったりする。

相手はそんなことには気付かない。

良くも悪くも、私の不安定さをスルーしてくれる人。

(MBTIでE+FPタイプ、私とは正反対の人)

 

そんな、分析家ではなく分析にも興味がない相手が無自覚にいれる、ASD男が作った歌に、共感して泣き過ぎたり。

 

私の地雷

ASD+病んだ人の歌は、地雷。

ASDの劣等感の強さが、日本という病んだ環境&ASDが目立ちやすい環境で強化されていて、かなり共感してしまう。

病んでる部分に響く&1人の人間への依存や執着の強さで、響く。

 

客観的に見ると、ASDで病んでる傾向がある人の歌詞は怖い。女性も、男性も。

でも、共感度は高い。

 

私にとっての、地雷。

普段は見ないようにしている、劣等感や依存心や執着心を刺激される、地雷。

 

私は強い人間になりたい。

共依存文化に負けず、1人で、どこででも生きていける人間になりたい。

そのために生きているつもり。

 

だけど、育った家庭環境の酷さもあり、脳の凸凹ゆえの疎外感や苦労もあり、劣等感や依存心もある。

昔よりは、小さくなったけど。

 

そんなジレンマを見て、苦しくなる、地雷。

1人で生きられる強さがほしい。

1人は寂しい。

でも、他者とわかり合うのは難しい。

 

病んだ社会に迎合して居場所があるなら、自分を貫いて孤独の方がマシ。

でも、1人は寂しい。

そんな、ジレンマ。

 

目に見える形での愛情表現しか、受け取れない、自分

近くに、私を肯定してくれている(らしい)人がいるのに、そんなことを考えて、悲しくなる、そんな自分を自己嫌悪したり罪悪感を感じたり、自己嫌悪に酔っても仕方ないと冷静に考えたり。

 

そんな風に、いつも、ああでもないこうでもないと考えて、疲れる。

理屈で考えすぎて、疲れる。

それが表面に出ないから、周りには伝わらず、主観と客観の差に、疲れる。

 

私は、言葉やスキンシップという目に見える形でしか、愛情を受け取れないから、そういう表現がない人と会ってると、辛い。

相手の問題ではなく、私の問題。

 

気持ちはなく言葉がある人、言葉はなく気持ちがある人、どちらが好きですか?

嘘でも良いから、好きとか、抱きしめたりとか、してほしい。

昔よりはマシだけど、今でもまだ、自尊心の脆さがあるから、誰かに認めてほしいんだと思う。

 

そういう風に、承認欲求に飢えてて、高校大学の頃は、不特定多数とセックスしてた。

体を目的とする人は、ほしい言葉をかけてくれるから、嬉しかった。

「好き」とか「可愛い」とか

当時の私が欲しかった言葉。

 

愛情がなくセックスしたいだけの男たちは、言葉だけは、ある。

セックスしたいだけではなく、私を人間的に尊重してくれる人は、言葉がない。スキンシップもない。

 

好き=セックスしたい

好き=触りたい

好き=ずっと一緒にいたい

だと学習してしまった私は、スキンシップもセックスもなく、すぐに帰ろうとする人と一緒にいて、愛情を感じられない。

 

嫌われたのかな、怒ってるのかな、と、不安になる。

(被害妄想的に考えるの、昔よりはマシになったけど)

 

思い当たることは、色々、あるから。

この前のあれがまずかったのかな、あれで傷つけたのかな、と、色々と、嫌われたかもしれない原因を考えて、ビクビクする。

 

でも、相手は、嫌ってるわけではないと言う。

むしろ、認めているという。

言葉や愛情表現がないと、わからない。

向こうには、私には見えない、愛情や尊重があるらしい、見えないけど。

 

社会との相性が悪く、傷つく。

尊重してくれる相手との脳の相性が悪く、勝手に嫌われてると勘違いして、傷つく。

そんな風に、自分で自分を苦しめやすいのが、発達障害の人の特徴だと思う。

 

発達障害の、脳

この記事を読んで、可哀想だな、と思った人、安心してください。

数日経てば、この事も、薄い記憶になってると思うから。

残るのは、連想で思い出すような、強烈な記憶のみ。

 

怖すぎた、美しすぎた、悲しすぎた、興奮しすぎた、というような記憶のみ。

強い情動を伴う強烈な記憶は残るけど、強い情動を伴わないけど重要なことは忘れていく。

長期記憶の強さと短期記憶の弱さという凸凹。

 

相手が覚えておいてほしいことを忘れていて、相手が忘れてるようなどうでも良いことを覚えていたり。

深く関わる人に、「どうせまた忘れるんだろうけど」「同じことを繰り返しているし」と言われて、傷つく。

好きで、忘れっぽいわけではないのに。

 

短期記憶が弱いから、予定は全てメモで管理して。

学んだこと、覚えておきたいことを携帯端末に記録して。

その記録を定期的に振り返って、ノートにまとめて。

反復学習で、できるだけ、覚えられるようにしている。

 

でも、そういった困難さがない人には、その苦労は見えないから、ただ、何の苦労も努力もせずに、相手を傷つけているように見えるのかもしれない。

私は私で、努力や苦労をして、凸凹ゆえに周りに迷惑をかけることに、悩んでいたりするのに…

 

そんな、凸凹の脳が、発達障害の人の脳。

 

凸凹ゆえに、自分も相手も苦しめやすいから、個人的には、人と関わらないのが一番、誰も傷つけないし傷つけられなくて済むから良い、と思う。

 

不自由を呪うか、自由になる道を選ぶか

日本に、発達障害を持つ女として生きるのは、客観的に見ても、不幸。

 

発達障害が多いのに、問題視する社会で、ASDの人間が嫌いな理不尽や不正義も多くて、私に似た人は、生きづらいと思う。

日本に発達障害を持って生まれるのは不幸、

日本に女として生まれるのは不幸

日本に若者として生まれるのは不幸。

 

でも安心してください、どれだけ不幸でも、自分次第で、状況はマシになる。

 

私も色々と不幸な要素が重なって、不幸な人生を生きてきたけど、今はそれなりに希望があるので、今、病んでいる人も、諦めずに生きてほしいと思う。

 

昔は、白黒思考だったから、病んだらすぐに自殺を考えたり、他者の承認を求めて誰かに必要としてもらうために、出合い系にアクセスしたり、自傷行為としてのセックス依存があったりしたけど、今はない。

(むしろ、変な食事の後遺症としての副腎疲労の影響で、性欲がない(苦笑))

 

病んでる人には想像がつかないかもしれないけど、自分は変わる

脳も内臓も変わり、思考も認知も変わる。

何もかも、変わる。一時的なもの。

だから、今病んでても、大丈夫。

 

自分を変えて、環境を選べる力をつければ、自由だから。

 

人生には無限の選択肢がある。それが見えるかどうか。自分への信頼を取り戻して、見える選択肢を増やせるかどうか。

 

自由になる自由は自分の手の中にあると、思い出してほしい。

 

環境や周りを呪うエネルギーを自己改革に使えば、自分は変わり、将来的には、今より自由になっている

 

自由になるもならないも、自分次第



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