日本社会の考察

【左脳優位社会】ASD(アスペルガー)から見た日本社会

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今日は、私の視点から見た日本社会について、書いてみる。

日本社会について思うことのうち、「共依存社会」「マザコン兼ロリコン社会」なのは前回書いたので、今回は、「左脳優位」な部分について。

 

あくまで1つの視点で、他の見方も可能。

誰しも、自分が重要だと思うことからしか、世の中を見えないから。

自分の価値観を投影してしか、世の中に触れられない。自閉症者だけではなく、誰もが自分の世界で生きている(のに、それを自覚していなかったりする…)

 

ある腸内環境に執着しているドクターは「日本人は便が小さいから(食物繊維の摂取が少ないから)自殺率が高いんだ」と著書に書くし、地政学者は地理的要因を考えるだろうし、私は自らの経験から、脳や労働環境や人権意識の無さに注目するし。

 

私は、日本は異常な環境だと思うし、それは、

未だにアメリカの属国なこと、儒教文化(男尊女卑や年功序列)、競争社会(学歴差別や容姿差別)、共依存システム(それによるハラスメントの多さ)、敗戦国という劣等感と戦争の影響での自己犠牲精神、

そういうのが、原因だと思う。原因があり、異常な自殺率の高さという結果がある。

(ストレスが内に向く人間の多さ=ASD傾向がある人間の多さも、自殺率に影響していると思う)

 

色々な要素があって、それをどこから見るかの違い。日本がなぜ自殺大国か、の理由は、たくさんあると思う。

でも、いくら自殺大国でも、世の中の良い部分だけを見て「日本は素晴らしい」と言う人がいても、おかしくはない。

むしろ、アイデンティティが健全なら、日本で生まれ育ち日本に住んでる事実を正当化するために、素晴らしいと思いたいはず。

(虐待やハラスメントなどで過去に病んでいない人は、こういった見方をしていることが多い)

 

日本が素晴らしいと思う人の見方も、「正しい」(正しさは1つではない。人それぞれ見方が違うから)

私は自分の嫌な部分を投影して、世の中にモヤモヤしていることが多いため、物理的左脳や、「べきねば」優位ではない人は、気にならないことかもしれない。

あくまで私の一意見だと理解して、読んでほしい。

 

・日本には「悲観主義者」が多い

・ASDの私が一般的な日本人(思考停止人間)に聞きたいこと

 

の二本立てです。

 

日本には「悲観主義者」が多い

自分が発達障害だと自覚して、脳について色々学んでいた。

人間は大きく2つに分けられる、悲観と楽観と。

「悲観」「楽観」はセロトニンのレベルの違いでも定義できるし、「やりたい」で行動するか「べきねば」で行動するかの違い、とも定義できる。

どちらにせよ、低セロトニン人間が多く、「べきねば」に縛られた人間が多い社会だから、悲観主義が多いと感じる

(客観的にどうかは知らない。私の視点からはそう見える)

 

原因として、先天的に低セロトニン低ドーパミンの体質の人間が多いこと(先天的に低セロトニン・低ドーパミンのタイプと、高セロトニン・高ドーパミンのタイプに分けられる)、環境要因により「悲観脳」が発達した人が多いこと、が、挙げられる。

 

遺伝子的にも環境的にも、悲観的な人が増えやすい

保守的で変化が少なくリスク回避を重視する日本のような環境は、低セロトニン・低ドーパミンの体質の人間には合うのかもしれないが、私のようにドーパが多い人間には、合わない。

 

以下、低セロトニン・低ドーパミン人間が多いせいか、「べきねば」教育のせいなのか、リスク回避前提のシステムで「管理、コントロールが強すぎて嫌だなぁ」「左脳的だなぁ」と思うところ。

自分が長い間低セロトニンで生きてきて、「べきねば」優位で管理、コントロールが強いから、同族嫌悪もあるのかも。

 

何でも型にはめる。型にはまりたがる人間も多く、立場肩書き主義

→〇〇女子、〇〇男子、〇〇代、サラリーマン、OL、主婦、などなど…

なんでも型にはめて、レッテルを貼らないと気が済まない模様。

分類が好きなのは物理的左脳が優位だから、だと思う。

メディアの発信者側に物理的左脳に偏った人間が多いせい、かも。

 

 

スペック社会

そうやって、何でも型にはめるから、スペックを重視する。(これは、競争社会の影響もあるかも。)

見た目、年収、学歴、など。他者と比較できる要素で比較するのが当たり前になってる。

婚活とかに行けば、それを実感する。

スペックしか見てない人たちの集まり。

偏差値で学校を選んで、年収や肩書きや容姿で結婚相手を選ぶ、肩書きがある人間の言うことを盲信する…外側しか見てない人たちが多い(本質を見ない人が多いとも言える)

 

 

形式主義  

添え状とか告白してから付き合うとか、形にこだわる

形だけの挨拶とか、形だけの添え状とか、まず形から入る、とか。

無駄が嫌いなASDとしては、形式だけで無駄なことは、苦手。

 

 

1つの正解を探す

世の中を見渡せば、たった1つの正解探し。

意見の対立、価値観の対立、常に二項対立で、なにか1つの正解があることになってる

「真実はいつもひとつ」とかって言う名探偵とか

左と右に分かれて討論する番組とか

そもそも、正解は1つではない

色んな価値観が両立する

そういう意識が当たり前になれば、もっと暮らしやすい環境になると思う

「正しさ」に縛られたり振り回されたりしてる人間が多いと思う

(学校で「正解探し」の教育を受けるせいもあるかもしれない)

 

 

べきねば、正しさ、禁止社会

上に通ずるけど、「正しさ」にこだわるから、「べきねば」や「禁止」だらけ。

日本語で検索してたら、常に、「正しい〇〇のやり方」が出てくる

そして、「〇〇するべき」という言葉もよく見かける

正しさ、べき、ねば、そういったものを見かけない日はないし、外に出ると、「禁止」「禁止」「禁止」の張り紙や注意書きに、うんざりしてくる

他者へのコントロールが激しい

他者への「正しさ」の押し付けが激しい(私も不安定なとき、してしまう時があったけど)

 

 

完璧主義、減点主義、コントロール社会

他者へのコントロールが激しいし、自分へのコントロールも激しいから、ダイエットとか筋トレとかコントロール欲求を反映してるものがブームになってる

やらなくていいのにダイエットをして体を痛めて、やらなくていいのに筋トレをして体を痛めてる人が多い。

自己犠牲的でマゾで、怖いなーと思う。

 

「苦手を克服」という価値観が主流で、学校や会社では減点主義

できて当たり前、ミスは叩かれる

そういう環境で育つと、自己否定的で自己犠牲的でマゾな人が多くなる

褒められず、叩かれることの方が多いから

日本の学生の自尊心が他国と比較して低すぎるのも、当然(学校の減点主義の影響もあるし、社会に自尊心が低い人が多い影響もある)

 

 

手段を目的化する

合格が目的になり、就職が目的になり、結婚が目的になり、健康が目的になり…

受かること、会社に入ること、良いスペックの人と結婚すること、健康で長生きすること、を目的にして、「今は不完全だ」と思ってる人が多い

「満たされない今」が、目標達成で変わるはず、と夢を見ている人が多い

そういう考え方をしているから、「満たされない今」になる

何かの目的のために今を犠牲にしている人が多い

 

 

感情を抑圧する

思考停止したロボットとして組織の奴隷になることを求められ、ロボットに感情は要らない、と、感情を抑圧することを良しとする教育を受ける

特に男。

男は泣くな、とか

男に感情は要らないという理不尽

(感情を使うのが苦手なASDとしては、感情が無い男たちは話しやすいけど…)

 

 

マニュアル至上主義

マニュアル通りの接客を良しとする接客業と、マニュアルにこだわる組織と…

職場環境にもよるだろうけど、組織が大きくなればなるほど、マニュアルに頼るようになるから、合理性や効率を追求したら、そうなるんだと思う

どんな客に対しても笑顔で過剰サービスの店員は怖い

私はマニュアル通りの接客は逆に失礼だと思うけど、そう思わない人もいるみたい

 

 

真面目、悲観的

中心の人間ほど、真面目で保守的で悲観的

日本には中心の環境に「やりたい」で動く人間が少ないから、マスコミや大企業や官公庁など、「べきねば」で動く人間が多い環境は、保守的で悲観的な人間が多く、社会全体の変化が遅い

「やりたい」で動く人はベンチャーとか変化が多い環境に行ってて、住み分けがされてるのかも…

(ベンチャーは少ししか関わったことがないから、よくわからない)

 

 

真似が得意

とにかくなんでも真似る。

右脳人間が得意なゼロから新しいことを生み出すのは苦手な社会でも、左脳人間は真似て、改良していく(改悪もあるけど。マイナンバーとか、インフラ民営化とか…ただ、外国の真似すればいいってものではない)

 

 

以上が、私が、左脳社会で「べきねば」で動く人間が多数派だなーと思う理由。(客観的にどうかは、知らない)

 

「べきねば」で動いて、自縄自縛度合いが高い社会。それを鵜呑みにして、不幸になってる人たちは可哀想だし、過去の自分も鵜呑みにして不幸だった。

今は自縄自縛になりやすい、自らの「べきねば」優位な部分を自覚して、意識的に変えていっているけど。

 

遺伝子や先天的な体質が保守的だったり心配性だったりしても(低セロトニンや低ドーパミンだったとしても)

「やりたい」で行動する人が増えれば、自縄自縛な社会はマシになるのでは?と思う。

私のように高ドーパミン体質でなければ、日本社会に不満を感じたりしないのかも、だけど。

 

私から思考停止した日本人に聞きたいこと(主に過去の自分の投影だったりする)

 

なんで、髪を染めるの?二重にするの?

地毛が黒なのに髪を染めたり、一重が当たり前なのに二重にしたりするのは、自己否定精神から、なんですか?

周りとの違いを作りたくてそうするの?

それとも、周りにあわせて、そうするの?

「ありのまま」の自分では、ダメなんですか?

 

なんで、演じるの?

なぜ、思ってもいないことを平気で言えるの?

嘘をつくこと、演じることに抵抗がないの?

 

水分補給をこまめにせず、ろくに食べず、ろくに眠らず、自己犠牲精神に酔って、それは幸せですか?

学校で授業を聞きながら水分補給をする習慣がないし(今はどうか知らない)、堅苦しい「説明会」という場に行けば、トイレ休憩まで水分補給もせずただ黙って座っている思考停止ロボットばっかりで、怖いし。

国全体が自己犠牲に酔ってて、ダイエットや筋トレに傾倒して、先進国一の痩せすぎ女性の多さだし、世界一の睡眠時間の短さだし、そうやって、「辛い目にあう方が幸せになれる」って洗脳を鵜呑みにして、上に立つ人間に都合の良い奴隷として生きてて、幸せですか?

 

マスクはアレルギーや自尊心のなさのせいですか?

日本や韓国にマスクをした人間が多いのは、自尊心の低さや、低セロトニン・低ドーパミン体質の人間に多いアレルギーの多さのせい、ですか?

アレルギーは栄養不足の表れだって知ってますか?

対処療法で薬を使うより、考え方や食生活を含めた生活習慣を見直せば、良いと思うけど、「根本的解決より対処療法としての薬で良い」という人が多いのは、なぜでしょう?

思考停止していたいから、ですか?

 

なぜ思考停止するの?

なぜ、自分の頭で考えないんですか?

思考停止して、メディアや親や教師の言うことを鵜呑みにして、自己否定的で自己犠牲的に生きるんですか?

そうやって、「誰かに頼らないと生きていけない」奴隷の状態で、幸せですか?

自分の人生は自分で切り開く、という自己コントロール感があった方が、幸せだと思いませんか?

 

受動ポルノに溢れてて、気持ち悪くないですか?

コンビニのエロ本とか(ようやく、無くなるけど)、街中で見かける二次元のエロを強調した女キャラとか。

男も対象にされてるならまだしも、女だけ性的に表現される環境で生きてて、なんとも思わないんですか?

男はそんなに性欲をコントロールできないんですか?

街中にエロがないと生きられないくらい、性的なことしか頭にないんですか?

女はそういった現状に、ただ黙っているだけですか?

自分の子供が、そういったエロを見て、男尊女卑を内面化しても、平気なんですか?

 

まとめ

「べきねば」社会なこと、低セロトニン・低ドーパミン人間が多数派で、悲観的で保守的なこと、差別や人権侵害が多いこと。(あくまで私の視点からは、そう見える)

 

そういった環境が嫌で、でも虐待の後遺症やASDゆえの感覚のわからなさで、物理的に体調不良で困ってるので、できるだけ外に出ずに暮らすという生き方をしている。

将来、体調が安定してから、海外で暮らしてみたいという夢がある(個人主義かつ人権意識がマシな環境で暮らしてみたい。日本を出て、日本の良さがわかるかもしれないし)

 

平等でハラスメントのない完璧な国はなくても、日本より人権意識がマシ、な国は、いくらでもあると思う。

(集団主義や自己犠牲や馴れ合いが好きな人は、日本が一番だと思うけど)

日本を離れて、日本の良い部分がわかるかもしれないし。

 

個人的に、ドイツはASD向きだと思う。(個人主義+ASDに多い「べきねば」「合理的」気質に合ってると感じる)

ASD向きの国について、詳細に考察した記事はこちら

(あくまで思考実験で、机上の空論。実際にどうかは、住んでないので不明)

 

参考文献

ドイツが日本に似た「管理・コントロール社会」なのがわかった本

(客観的にどうなのかは知らない。この本の著者もASD側の人間なので、自分の価値観を投影して世の中を見た結果、「管理・コントロール社会」に見えているだけという可能性もある)



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